家庭薬の昔 日々進歩する家庭薬の昔をお伝えします!

家庭薬ロングセラー物語

トノス発売開始年:1964(昭和39)年企業ロゴ

ホルモン補充と射精の遅延化を兼ね備えた性機能改善薬。
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商品の歴史と説明

日本の将来への貢献を志した、創業の志

創業当時(昭和24年)。創業者は地方から上京して来た若者を子供達と区別なく育て通学させて、一部の者は創業社員となった。 創業当時(昭和24年)。
創業者は地方から上京して来た若者を
子供達と区別なく育て通学させて、
一部の者は創業社員となった。

戦後間もない昭和24年(1949年)、梶原計国・百合子夫妻は学童衛生会を創業しました。 当時は戦後の復興期で、未だ栄養・衛生事情が悪く、体内に回虫をかかえている人が多かったのです。 創業者自身も幼い我が子が体調を崩して苦慮していましたが、駆虫薬の劇的な効果を目の当りにしたことをきっかけに、日本の将来を担う学童へチョコレートタイプの駆虫薬を広めようと決意しました。子供達が健康に育つことこそ日本の復興と将来の発展につながると考えたのです。 そして、小学校を中心に販売展開したところ評判が広まり、全国へ着実に広まって行きました。 「日本の将来」への貢献が、創業の志でした。

創業の志と市場の変化への対応

第1号製品「駆虫チョコレート」の承認書(昭和26年)。第1号製品「駆虫チョコレート」の承認書
(昭和26年)。
昭和30年代の社員。創業以来の製品が需要の縮小で厳しくなるなか、試行錯誤を重ねていた。昭和30年代の社員。
創業以来の製品が需要の縮小で厳しくなるなか、
試行錯誤を重ねていた。

昭和30年代に入ると、衛生事情の改善にともない、駆虫薬の需要が減少しました。高度成長期の労働者への栄養補給を考えた総合ビタミン剤を製造しましたが、大手メーカーの競合もあり、主力製品の転換を迫られました。創業者は社会貢献を念頭に置き、会社の身の丈を守りながら末永く社会貢献できる市販薬を考え、試行錯誤を重ねました。
高度経済成長期の初期(昭和30年代半ば、1960年頃)でしたが、創業者は試行錯誤の中から、高度経済成長期の後に日本社会が成熟化し、さらには少子高齢社会が到来することを予見していました。そこで、市場がコモディティ化しにくい中高年の性機能や更年期に役立つ市販薬を考えました。そして、着実に長年の実績を積むことにより、会社の身の丈を守りながら、日本の将来への貢献という創業の志も貫けると考えたのです。

トノスの始まりと苦難

昭和40年代の社員。主力製品の転換期で、苦難が続いた。昭和40年代の社員。
主力製品の転換期で、苦難が続いた。

その結果、ヨヒンビンをチョコレートに配合した男性の勃起障害改善薬をはじめ、女性の不感症や更年期障害のホルモン補充ができる「ヒメロス」など、生活改善薬の製造承認・許可を得て、これらの製造に軸足を移しました。これにともない、1962年に現在の大東製薬工業へ社名を変更したのです。
特にトノスの開発では、射精の遅延効果のほか勃起力の減退や男性の更年期障害に対するホルモン補充もできるようにするため、男性ホルモン(テストステロン)のほか、3種類の局所麻痺剤と抗ヒスタミン剤を配合しました。製剤化に苦心した末、ユニークな軟膏剤として、昭和39年(1964年)に承認されました。トノスはベトナム戦争から帰還する米軍の将校や兵士が日本へ寄港した際に買い求めたというエピソードの伝聞もありましたが、当時の日本において性のテーマに対する社会的偏見は現代とは比べものにならぬほど強く、販売展開は長年にわたり困難を極めました。その結果、精力剤の専門店や、歓楽街にある薬店でのお取扱いが中心となりました。

時代の変化とトノスの広まり

トノス(~1980年代)。トノス(~1980年代)。 上野駅前にあった、トノス販売店(1995年)。昭和40年代からバブル期にかけて、帰省や歓楽街に向かう人達で賑わった。 上野駅前にあった、トノス販売店(1995年)。
昭和40年代からバブル期にかけて、
帰省や歓楽街に向かう人達で賑わった。

1980年代の半ば、「トノス」の効果に注目した販売代理店が「トノス・ハリーマーク」という愛称をつけて週刊誌やスポーツ新聞に広告展開を行いました。数々のトレンディドラマのヒットが象徴したように、バブル経済の高揚感や開放的な気分のなか、トノスを取り扱う一般の薬局・薬店が全国的に広まりました。わかりやすく確かな射精の遅延効果が好評を得ました。広告では、特徴と使い方を詳しく説明したうえ取扱店を掲載し、あらかじめ十分な知識を得たお客様をスムーズに取扱店へご案内しました。また、様々なお問合せには、お客様の気持ちに寄り添う対応を心がけました。これらの要因が相まって、円滑な購入と着実なリピート購入につながり、薬局・薬店からの信用も着実に積み上がって行きました。

時代の変化への適応

トノス・ハリーマークの雑誌広告(1995年)。 トノス・ハリーマークの雑誌広告(1995年)。

「安心・安全」に対する社会的要請の高まりをはじめ、医薬品の様々な基準に関する世界的な標準化といった大きな流れにともなう当時の薬事法の様々な制度改正は、製造・販売のいずれも大きな変革を要するものでした。
まず製造においては、平成9年(1997年)より山梨県甲府市に新工場を稼働させました。構造設備を一新しつつ、昔ながらの製造方法の持ち味を大切にして、現在も日々改善活動に取り組んでいます。
一方、販売においては、医療用のED(勃起不全)治療薬の登場、流通構造の変化、販売制度改正(トノスが第1類医薬品となり、薬剤師が不在の薬店で取り扱いできなくなった)などにともない、売場の激減と共に多くのご愛用者を失いました。
しかしながら、有志の家庭薬メーカー・流通各社の様々なご支援により、全国各地の薬局でお取り寄せ出来るようになりました。その結果、トノスはご愛用者に支えられながら、半世紀にわたる市場実績を積み、今なお根強い人気をいただいております。

今も変わらぬ、創業の志と時代への適応

日本泌尿器学会での展示(2014年)と甲府工場(1997年撮影)の写真

「日本の将来への貢献」が創業の志でした。創業者は半世紀前に少子高齢社会を見据え、性ホルモンの軟膏剤を世に問いましたが、不本意なことに市場では長年にわたり下品な精力剤と受け止められて来ました。
一方、有効性と安全性に関する最新の科学的根拠が求められるようになり、近年は常に最新の安全性情報を収集し、新たな知見について当局へ報告することが義務づけられました。
そこで、軟膏剤による低用量なホルモン補充のメリットを幅広い医学的な用途で検証しながら、不測のリスクの収集を行う学術チームを発足させました。その結果、半世紀を経た家庭薬でありながら、医療用の製剤にない持ち味がメリットとして注目され、最新の医療に取り組む施設において、ホルモン補充を要する様々な症例で幅広く臨床応用されるようになりました。
近年は、健康年齢を脅かす様々な生活習慣病や、心身の自立を脅かす機能低下に対して、加齢やストレスにともなう性ホルモンの分泌低下が関係していることが明らかになりつつあります。そこで、元もと分泌していた生理的な範囲内で低用量のホルモン補充を塗り薬で皮膚から吸収させて行うことにより、十分な安全性を確保しながら、健康年齢を高めて、最期までQOLを高く維持して心身ともに自立した生活を送ることが期待できると考えています。
現在は、これらの医学的根拠の検討と情報収集に注力していますが、このような取り組みが社会保障費の削減や少子化対策に貢献し、ひいては日本経済の復興と発展につながり、創業の志を受け継ぎながら、これからの時代に適応する生き様になると信じています。

商品紹介

商品の特徴

  • 局所麻ひ剤と天然型のテストステロン(男性ホルモン)を配合した塗り薬です。亀頭冠によくすり込むと、局所麻ひ剤の作用で射精の遅延効果が期待できます。 また、男性ホルモンの作用として、ホルモンの分泌不足による精力減退、勃起力減退、遺精、男子更年期障害の改善が期待できます。冷所(1~15℃)に保管ねがいます。
第1類医薬品 ※パッケージは変更する場合がございます。
第1類医薬品 ※パッケージは変更する場合がございます。
製品名トノス
効能・効果男子更年期障害、男性性器神経衰弱症(早漏、勃起力減退、性器不全、精力減退、遺精、夢精等)
用法・用量男子更年期障害には患部又は皮膚柔軟部に毎日一回、約0.1g(小豆大)ずつよくすりこむように塗擦し、好転したら隔日又は週2回にする。男性性器神経衰弱症(早漏、勃起力減退等)で直接性器に塗る。
成分・分量
  • (100g中)
  • テストステロン1g、アミノ安息香酸エチル10g、プロカイン塩酸塩0.5g、ジブカイン塩酸塩1g、ジフェンヒドラミン塩酸塩0.5g
添加物:白色ワセリン
商品構成3g
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