●糾励根の開発
糾励根は大正末期に開発された湿布薬です。開発者の霜鳥信明は新潟県の農村に生まれました。祖父は皇漢医で地域の人々に慕われ、病気が全快した患者が毎日のように感謝に訪れていました。成人した霜鳥は東京に出て様々な職に就き、自ら事業経営も行いました。しかし、関東大震災で焼け野原になった東京には、貧しさで満足な医療を受けられない多くの人々が亡くなっていました。その光景を目の当たりにし、自分が幼い頃過ごした貧しい農村の人々の姿に重ね合わせました。皇漢医を祖父に持つ自分がやるべきことは何かを考えるようになり、祖父から伝わる秘伝の薬をさらに研究し、安価で高い効果が得られ、貧しい人たちにも利用してもらえる薬を開発することを決心しました。 
秘伝の書があったとはいえ開発には数年を要し、その間の生活は困窮を極めました。苦労の末に完成し発売をしたのですが、大正時代の当時でも科学万能の風潮があり、生薬を使った薬より西洋より伝わる薬の方が効果があると思われていたのです。そのため発売当初はさっぱり売れませんでした。そこで貧しい人の為、病気に苦しむ人の為に作ったことを思い返し、全国無料施薬行脚を行う事にしたのです。霜鳥は全国各地で寺院などを借り、無料施薬を行いました。初日に受けた人の評判を聞き、二日目、三日目には二倍、三倍とさらに多くの方が来られました。歩けない方は家族に背負われ、また牛車に乗せられたりして無料施薬所に来られました。こうして五年の歳月をかけ、10万人以上の方に無料施薬を行ったのです。
  無料施薬を終え東京池袋の糾励根本舗に戻ると信じられないほどの注文が届いておりました。また、糾励根の効果や霜鳥の考えに共感した方々が糾励根普及員として全国各地で広めていただくようにもなりました。霜鳥は五年の全国無料施薬行脚の後も全国の普及員のいる地へまわり、自ら無料施薬を行ない、直接お客さまと接することを続けました。
●非広告主義
  糾励根は発売80年を経過した現在でも広告をせず、多くの方にご利用いただいております。これは糾励根開発者である霜鳥信明が「実際の効き目こそ最大の広告である。」また、「広告費を使用するのであれば、その分無料施薬の経費にしたい。」「貧しい人にも使っていただくため、少しでも安価にしたい。」などの考えがあったためです。
● 糾励根の名称の由来
  糾励根の名称の由来はお客様によくご質問をいただきます。「糾励」という植物の「根」と思う方もいらっしゃいます。これは開発者の霜鳥が名づけたのですが、薬の名称というよりは、薬を使用される方への思い、念願、倫理観などを込めたものであり、様々な意味を含めているようです。病気に対する考え方もその中の一つです。人は一人では生きていけず、特に病気は一人の努力では治りません。病気を治すという目的と家族の協力があって治るのです。「糾」は「合わす」という意味があり、家族の思いを合わせ、「励」ましあうことで、病の「根」源を取り去ってもらいたいという思いも糾励根に含まれています。
● 現在の糾励根
  糾励根は生薬など十種の原料の粉末を混合し、使用時に水で練り、布に塗布し患部に貼付いたしいたします。数十分すると温かく感じ、鎮痛、消炎効果が現れます。湿布薬ですので、神経痛、リウマチ、肩凝り、腰痛などにご利用いただきますが、感冒、肋膜炎、腹膜炎、痔疾、歯痛、扁桃腺炎、乳腺炎などにも効果があります。
  お客さまには「水で練る必要もないようにもっと簡単に使用できるように改良して欲しい。」とのご意見もいただくのですが、糾励根の効果を発揮するには現在のところこの方法しかなく、薬の配合も80年以上変わることなく製造しています。昔は練った薬を布に塗布し体に貼付していましたが、現在は貼付用の「糾励根シート」も販売しています。貼付しやすいように周囲に粘着剤が付いており、水で練った薬を糾励根シートに塗り、体に貼付します。


● 姉妹品
  糾励根はその姉妹品として飲み薬「霜鳥胃腸薬」(医薬品)、入浴剤「智光」(医薬部外品)と、いずれも生薬を主成分とした製品がございます。糾励根の開発者、霜鳥信明の倫理観、自然観、健康の概念を基に今後も製品開発を続けてまいります。