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| ●家伝薬「一粒ぐすり」 救心製薬の創業者堀正由が、富山から堀家に伝 わる「一粒ぐすり」を携えて上京したのは 明治が終わり、元号が大正に変わったばかりの 頃です。1913年(大正2年)2月、堀は浅 草区田島町(現在、台東区西浅草二丁目)に堀 博愛薬房を開き、家伝薬「一粒ぐすり」を「ホ リ六神丸」として発売したのが始まりです。 そもそも六神丸は中国では永い歴史を持つ製剤 でしたが、我が国へ紹介されたのは比較的新し く、明治時代の後半といわれています。このホ リ六神丸は配置販売を中心に売られていました。 当時、六神丸は万能薬のように考えられていま したが、堀自身、北は樺太から南は九州まで数 多くの家庭を回り歩いて、直接愛用者に接した 感触から「どうき」や「息切れ」といった心臓 に関連した症状に良く効くという声が多く、こ れこそ、この製剤の一番の特徴なのではないか と考えるようになりました。 ●適応を表現したネーミング 愛用者の声をもとに堀は寝食を忘れて研究に没 頭し、処方や丸剤の大きさなど、改良に改良を 重ねて生まれたのが救心の原点なのです。さら に新しい販売形態を模索しながら、思いついた のが「救心」というネーミングでした。消費者 にアピールし、印象に残るに違いないと考え、 早速、これを商標登録し、販売を始めました。 適応を直接表現した分かりやすい商標は、販売 方法を配置販売ではなく、通信販売から新聞・ 雑誌などのマスコミも積極的に利用した結果、 次第に有名ブランドに成長して行きました。 |
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| ●救心と広告タレント 「救心」をより多くの人に知ってもらうため、 マス媒体広告による販売方法を積極的に採用 していき最初は雑誌、新聞が主でエノケン、 古川ロッパ、柳家金語楼、横綱の大鵬や村田 英雄など当時の有名人を広告タレントとして 起用しました。その後テレビが一般化してき た昭和40年代初め頃からはテレビ広告も開始 し、「バス通り裏」「七人の刑事」などに出 演していた佐藤英夫、昭和50年からは女優で ある丘みつ子の二人をメインのCMタレント として、テレビをはじめ、新聞、雑誌に広告 を展開してきました。平成5年からは“安心 と信頼”イメージの誠実派俳優で、テレビ番 組の司会でも活躍中の児玉清を起用、現在に 至っています。 |
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| ●伝統薬を現代に生かす努力 救心は麝香、蟾酥、牛黄といった動物生薬を 中心とした強心薬です。しかも、原料は天然 物ばかりで、心臓に良い成分が非常にバラン スよく配合されています。伝統薬といった場 合、歴史の古さのみが薬効の証とされている ような傾向が見られますが、経験に科学の裏 付けが伴って、初めて伝統薬のよさを生かす ことができるという考えから、様々な臨床試 験を重ねることで薬効の確認と安全性の証明 を行ない、また、より良い製剤への追及を怠 らず、あらゆる面から救心の品質の向上に努 めてまいりました。直径3ミリに満たない小 さな一粒の丸剤に膨大な歴史的経験と科学的 なノウハウを詰め込んだ製剤となり、世のた め人のための理念をもとに、多くの人々に愛 用されることを願っております。 |
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